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弱肉強食は真実だと思うけど

まだ自分の中で整理できてなくてまとめられる気が全くしないから書いてなかったんですけど、少し前にアニメのるろうに剣心を見てて、名言が沢山出てくるなと思って感動してたんですが、というかるろうに剣心はもう何回も見てるし記事も何度か書いてますが。今回見てて新たに思ったことがあって、新月村のところで、一応一件落着して最後に栄次に剣心が言ったセリフ。

「栄次、この刀は、お主の兄の刀は、血に汚れていたか?この刀は、血に染めてはいけない。お主を守るために、こんなになった刀を、これ以上汚してはいけない。お主の兄は、そんなことを望んではいない。死んだ者は望むのは、敵討ちなどではなく、生きている者の幸せでござるよ。お主がこの小さな手を汚しても、誰一人喜びやしない。時が経てば、この小さな手も大きくなり、お主も大人になる。その時、志々雄一派のように、力で虐げる大人にはなるな。村人のように、暴力に怯えて、何も出来ない男になるな。最後の最後まで、お主を案じ続けた、兄のようになって、幸せになるでござるよ。」

これね、いいなと思ってメモってたんですけど、最後のところでなんか違和感を感じたんですよね。

ちょっとまてよと。この作品では、至る所で生きることが一番大事みたいなことを言ってるじゃないですか。比古清十郎から奥義を伝授してもらうところとかもそうだし。剣心自身も何度か言ってたと思う。

新月村の村人がやってたことは生きるために仕方なかったはずだけど、ここではそれを否定してる。斉藤一のセリフから、誇りや尊厳を持てというメッセージとも取れるし、栄次の両親、仲間を見捨てた村人達への批判、そういうのは悪い。というメッセージとも取れるけど。

しかしですね。じゃあ全員で尖角に刃向かって全滅してれば良かったのかという話になりますよね。斉藤一や剣心みたいに強くない人間に生きろと言ったら、こういう事態にもなりえるよね。さらに言うと、あの剣心のセリフはそれ自体が矛盾してて、兄のようになって、幸せになるでござると言ってるけど、兄は幸せだったんでしょうか?環境が違えば兄は立派な人間で幸せになり得たでしょうが。

ここでそういう疑問が出ちゃったばっかりに、なんかその後ずっとモヤモヤした感じであれこれ考えながら見てましたね。


宗次郎の物語りはこの作品の中で一番好きなんですがね。ちょっとだけ自分と世の中との関係とかぶってるところがあって、自分が抱いてる人間社会への不満と宗次郎の不満が同じ種類のものだから。宗次郎が志々雄を慕うのも剣心に対して怒りを感じる気持ちも凄くよくわかるので。

宗次郎に勝った後に宗次郎に剣心が言ったことは、

「勝負に勝った方、つまり、強い方が全て正しいというのは、志々雄の論理でござる。一度や二度の戦いで、真実の答えが出るくらいなら、誰も生き方を間違ったりはせん。人一人の人生は、そんなに簡単なものではござらんよ。真実の答えは、これからお主自身が、自分の生き方の中から見出すでござるよ。」

このセリフは好きで結構前にメモって一度ブログにも書いてますが。真実の答えってなんなんでしょうねw いや、別にこのセリフが嫌いになったわけじゃないんですけど。

たぶんこの作者はタイプ1なんじゃないかと思った。エニアグラムね。僕も1なんですが。1は正義感が強くて正しいとか間違ってるとかで物事判断しがちなところがあったり、世の中「公平」であるべきだと思ってるところがある。

僕は他のタイプの人間がどういう価値観で生きてるのか、実際に自分がその思考回路で生きたことがないしそれは死ぬまであり得ないことだからそうじゃない人がどういう目で世の中を見てて、どうあるべきだと考えてて、その中で自分がどう生きようと思ってるのか。どういうことに不満を抱くのか、満足感を抱くのか。とかは、本当に理解することはたぶんないんだと思うんですよ。違うタイプの人間が残した言葉とかこういう作品とかから感じて予想することしか出来ないんだと思う。

そう考えると、たまに僕が思うのは、どうして世の中こんなになってるのか。僕が国のトップになれば公平な世の中を作れる。悪者をこんなにのさばらせておくことはない。真面目な人間が損ばかりする世の中にはしないのに。とか思うんですけどね。いや、国のトップになるにはあまりに知識がなさすぎるのでそれは全然本気でそうなりたいと思ってるわけじゃないんですが。

結局、「世の中のあるべき姿」とか「人の正しい生き方」みたいなのって、何が正しいとか間違ってるとか、「真実の答え」が一つだけ存在するものじゃないんですよね。「答え」なんてものはないんだと思う。

正しいとか間違ってるとかそんなことどうでもいいと思ってる人の方がたぶん多いんだと思うし、世の中公平であるべきだなんて思ってる人は結構少ないのかもしれない。

だから、僕が今まで「正しい」と思ってきたことなんてのは、世の中に無数に存在する「信念」の一つでしかなくて、正しい生き方。世の中のあるべき姿。というものではないんだなと。

この作品の中で主役級の人達はみんなそれぞれに信念を持って行動してますよね。基本的に主人公の考え=作者の考えだと思うのですが、志々雄や斉藤みたいにわかりやすい信念があって、もしかしたら作者はそれもいいと思ってるのかもしれないなと。さすがに今の時代に志々雄の生き方を肯定するわけにはいかないからああいう書き方になった。とか。志々雄「真実」って名前を付けるぐらいだし。

志々雄を否定するとき、どうしても矛盾が生じる気がしてならない。

志々雄に勝ったあとに弥彦が、正しいのは俺たちなんだよな。という問いに対して剣心は宗次郎に言ったことと似たようなことを言ってますが、その時は最後に、「強ければ生き、弱ければ死ぬという弱肉強食だけは絶対に間違ってるんだ、絶対に。」と言ってますが、じゃあ志々雄が間違ってて自分たちが正しいって言ってるじゃん。って話になりませんか?これ。まあ、明確には弱肉強食を否定してるだけで、「勝ったから正しい」「自分たちが正しい」という部分には正解を与えてないだけなんですが。

それでも、志々雄を止めるには殺すしか方法はなかったわけで、これも剣心は手を下してないから殺さずを貫いたまま志々雄を退けた。って形になってますが、実際には剣心は志々雄を倒してない。退けてない。ただ志々雄が自滅しただけ。勝手に死んでくれたから一件落着めでたしめでたしとなったけど、結局は死んでくれたから平和が訪れたわけでしょ?相手がそうくるならこっちもそうするしかないってことじゃん。

現実では政府とか警察とか、法で守られてるから、法が暴力を否定してるから暴力に対して暴力で応戦する必要がないだけで、結局は武力で守られてるわけだから、やっぱり根底にあるのは弱肉強食なんですよ。そんなことはありえないけど志々雄みたいに国より強い悪が現れたらもう法で取り締まれなくなって、弱肉強食となってしまうわけだ。

そうなると都合が悪くなるのは、進歩しなくなるってことじゃないですかね。暴力が社会を支配する世の中になったらたぶんそれは北斗の拳みたいな世界になる。いや、あれも見てて思ったのは、世の中あんな風になったらたぶんバイクとか車とかの乗り物も家とかの建物も存在しなくなるよね。作れる環境じゃなくなるから。

力だけのバカが国を支配したらそういう知識を若者に伝える教育のシステムもその知識を生かしてモノを作る環境も整えられないでしょ。他国との貿易とかもろくに出来ないから輸入も出来なくなるでしょう。今はない新しいモノを生み出す学者みたいな人達がその研究に没頭出来る環境も与えられないから新しいモノを生み出す。今より進化するってことなんて到底無理。

だから人間社会の中においては弱肉強食はダメなんですよ。

そういう風に考えれば、人間社会は凄くよく出来てますよね。あるところに不満があるからといって自分がトップになれば…なんて考えるのは暴力バカと同じようなもんか。

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