育ってきた環境の匂いのしない人

久々にやってみますか。文章を書くというより、思いついたことをただ言葉にする。ただ自分しか見ないノートに書いたりテキストファイルにでも書いて誰にも見せずに保存しておけばいいのかもしれない。もしかしたらその方がより自分の感情をそのまま吐き出せてスッキリするのかもしれないけど、非公開ブログとか前に少し書いてたことあるんだけどやっぱり少し感覚が違うんですよね。なんとなくこっちに書く。たぶん意味とかないと思うんで自分が正常だと感じてる人はあまり読まない方がいいかもw


石井裕之という人のツイートで結構前に読んでなんか残っていたものがあって、遡って探してみたらかなり前だった。

https://twitter.com/HiroyukiISHII/status/669471878902390784

これの意味を理解出来た気がした。

どういう流れでそうなったのかハッキリとわからないです。もう色んなことがごちゃごちゃしてて。書きたいと思いつつ何も書けないでいたのは、おぼろげな気づき、直感みたいなものは言葉にしようとするとなくなってしまうから。この感覚を上手く表現してるなと感じたのもあったな。

https://twitter.com/HiroyukiISHII/status/749488513536503808
https://twitter.com/HiroyukiISHII/status/770614469483372544

この辺とか。


まあよくわからないんですけど、無い物ねだりがダメなのかなという気がしてきたんですよ。貧乏なのに金持ちになろうとする。恋人作れないのに作ろうとする。みたいな。僕はずっとBUMP OF CHICKENのsailing dayの歌詞「精一杯運命に抵抗」っていうのがめちゃめちゃ好きで、そういう生き方をしていたんですよ。普通の家庭に生まれたくせにF-1ワールドチャンピオンになる!とかさ。

でも結局何やっても中途半端で。こうなる原因っていうのがさ、もしかしたら育った環境で「自分の価値はこれぐらい」って潜在意識にすり込まれたレベルであり続けるってことなんじゃないかと。

僕はさ、自分には愛される価値がないって思い込みはもう小学校の頃からあったんですよ。自覚もあった。同性からはまだマシだったけどそれは親というよりもしかしたら友達からもらった意識かもしれない。異性からはもう完全にダメ。中学ぐらいから周りが色気づき始めると、なんかもう僕には関係ない世界になってきたなという感じで。それは「無理」とかいうレベルじゃなくて「ない」んですよ。

例えば、庶民レベルの感覚で見たら、1億以上するようなスーパーカーなんて見てももう嫉妬すらしないでしょ?それを自分が手に入れたいという発想すらない。それがもう少し手が届きそうな1千万とか500万クラスの高級車になると、こういう車に乗ってるのはどうせバカばっかりなんだろ。とか心中で毒づいたりして。実際そういう車がバカみたいな運転してると、こういうバカが金持てるような世の中だから日本は腐ってるんだとか思ったりして。こういうこと考えるのは嫉妬してる。羨ましい証拠。これが「無理」と感じるレベル。

だからまあ、そういう意味では「ない」から「無理」まで上がった分は成長したのかなとも思うけど。

今年F-1チャンピオン獲ったニコロズベルグはこういう目線で見た場合完全に「凡人」なんだよね。そういう家庭でそういう愛情、教育を受けてそういう人間に仕立て上げられて、その通りに生きただけ。成功させて貰った典型的な例で、人間的には何も凄いことない。学生のまま大人になったような感じ。

愛情レベルだとか経済レベルだとかそういうものが、家庭環境、主に親から授かるもので、まずそれがスタート地点になる。「育ってきた環境の匂いのしない人」というのは、この親から授かったレベルを周りから感じられない人のことなんだよね。

この部分において、僕は完全に凡人なんだなと。天才になりたいけどなれない凡人といったところか。

そう考えると親から子への一番大切な贈り物って、「潜在意識への刷り込み」なんだろうな。

僕が親への恨みをずっと持ち続けてるのはこういう部分になんとなく気付いていたからだろう。明らかに僕の意識は友達と違うと感じる出来事はいくつかあって今でも覚えてるものもある。

サッカークラブに入っていたんですが休憩時間、水筒とかを回し飲みしてて、ある友達が回し飲み無理って言っててやってなくてさ、別にいいじゃん。なんで嫌なの?と聞いてみたら、いやぁ、嫌だよ、家族ならいいけど…とか言うから、僕は逆に家族とは嫌でしょwと言ったことがあった。僕もそいつも「家族だからこそ」って言うんだけど意味が真逆。あとは親が試合を見に来るとはりきるとか。僕は父親がコーチやってたから見に来ない方が少なかったんだけど、いない方が伸び伸びプレー出来た。父が「あいつ今日親が来てたからはりきってたな」とか言ってたのを聞いてビックリした。

子供の頃というのは周りの人間がみんな自分と同じ感覚を持ってると思うものだからね。自分と違う感覚を持ってる人がいると、あいつ変わってんな。と思う。しかしどうだろう。大人になるにつれて、いや、変わってるのは俺の方なんじゃないのか?と思うことがどんどん増えてくるじゃないか。対異性に関しても対家族に関しても。しまいには異性家族だけじゃなく人間関係全てにおいて、どうやら俺がおかしいらしいぞと。


例えそれが真実だとしても自力でなんとかしなきゃいけないことに変わりはないんだけど。試練だと言われましてもね、トレーニングっていうのは、身体を休める時間もあるからトレーニングになるわけで、ずーっと走りっぱなしだったら酷使するだけでそのまま死んでしまう。冬に暖かい部屋にいて、たまに外に出るから気持ちいいわけで、ずーっと外にいたら凍死してしまう。スタート地点が違う人から「試練」とか言われてもね。

だがしかし、そうは言っても誰かがここから引き上げてくれるわけじゃないので、やっぱり自力でなんとかするしかないわけで。


無い物ねだりをしないことがもしかしたらここから這い出るために必要なことなんじゃないのかと思い始めた。

金持ちになりたかったら、まずは今の貧乏を受け入れること。いきなり高さ1キロもある壁をよじ登ろうったって出来るわけがない。果てしなく遠回りでも階段を一段一段上がるしかない。そこにたどり着くという目標を意識するとどうしても焦るし、欲しい物が手に入らない現実と理想とのギャップにいつも精神は蝕まれて、癒やしの場安らぎの場もないからあっという間にHPゼロ。すぐに挫折してしまう。

だから「今」を受け入れるしかないわけですよ。今が不幸ならもう不幸を受け入れるしかない。幸せになろうとしない。

それならもういっそ死んじゃった方が…とかって、久々に自殺しようかなとも思ったんですけどね、その時にあれこれ考えて自殺はやめようという結論に至ったのは、次に生まれてくる時はちゃんと愛情を注いでくれる親がいいなぁ。そうすれば僕も普通に生きて普通に幸せになれるかもしれない。…いや、でもそうなると僕は、親にそのレベルまで引き上げて貰えるから労せずして幸せになれてしまい、自分で何も考えなくていいが故に何も見えてない愚かな一般人ってことになるわけだよな。それはちょっと…。そんな人間になるぐらいなら俺は不幸でいいや。

っと思ったら、自殺したくなくなった。まあ、実際には自分がそっち側になれば逆に僕みたいな人を軽蔑するだけでそんな風には考えなくなるはずだけど。今の僕は嫉妬があるからそう考えてるだけで。まあでも普通に考えて自分が忌み嫌ってる人達と仲良くするぐらいなら今が不幸でも今の方がいいと思うのは当たり前でしょう。

自殺したい人はそうやって考えてみるといいかも。まあ環境は人それぞれ違うから一概にそれで思いとどまれるとは限らないし、思いとどまったところで結果生きててよかったと思える未来があるのかなんてわからないし。死んでまた別の生命体の意識として「自分」がどこかに誕生するかどうかだってわからないし。死ぬのがいいのか生きるのがいいのかなんてわからないけど。


最近、アニマックスで「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」やってて、CMでED曲が流れててそれが気に入って見てみたんですよ。次で最終話なんですけど、これ見ててもそうだしFF15も丁度クリアしたところなんですけど、これやっててもなんか人間関係ってものについて色々と考えさせられるというか、なんともいえない気持ちにさせられましたね。

なんかここのところ、特に人間関係に関しては僕は何もわかってない。と思うようになって、今までは自分が全て正しいぐらいの勘違いをしてたわけだけど、自分はわかってないと思うと他人が言う自分にはないものも感じることが出来るようになる。みたいなのがあって、これがなかなかいい感じですね。

これ読んで真似しようとしてもたぶん無駄ですよ。自分はわかってると思い込んでる人が「自分はわかってない」と意識的に思おうとしても無理。なにかそう思わせるきっかけがあったり、些細な出来事からの小さい気づきの積み重ねで考え方がそう変わってくるものだから。

意識的に出来ることってもの凄く少ないのかもしれない。逆境に逆らって最後まで頑張って結果に結びつけられた人もいるかもしれない。それを自分の力だと思うのは大いに結構。それを叩くつもりはないです。現実にそれは実現したもので真実で、その人の実力であることは間違いないわけだから。

だけど、もしかしたらその背景には生まれた時からの環境により作られた潜在意識が関係していて、そういう表面上の努力そのものがそれによって形になったものに過ぎないのかもしれない。意識的にではなく無意識的に。本人の努力とは関係なく、出来る意識を貰った人は出来るし、貰わなかった人は出来ないものなのかもしれない。

っで、「育ってきた環境の匂いのしない人」というのが、本当の意味での自力なんじゃないだろうか。いや、もしかしたらそれすら環境により授かったものなのかもしれないけど。


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