運が良い人の生活習慣はこれだ!(たぶん)

前回「運が悪くても実力で達成出来る」という書き方しましたが、書いたときちょっと気になったんですがね。運の話を掘り下げるとまた長くなるのでとりあえず区切っておきました。

運の話は以前にも一度したことありますが。責任の範囲の話。今回は少し違うことになります。

きっかけは「五感」という言葉をWikipediaで調べたこと。今回の怒濤の気づきというのもここから始まったことだったんですよ。

ここに「動物やヒトが外界を感知するための多種類の感覚機能のうち、古来からの分類による5種類」と書いてあったんですよ。

それでピンと来たんですが、僕は元々第六感とか超能力とかそういう類いのものは信じてないんですよ。五感が全てだと思ってた。でも五感なんてのは人間がそう分類したものでしかないんですよね。だったらそれ以外が存在してても全然おかしくないじゃないかと。

単に五感って、視覚聴覚嗅覚味覚…触覚で合ってたかな?「触覚」ってなんかしっくり来ないなと思ってふと気になって確認したかっただけなんで、そこまで興味あったわけじゃないからあまりちゃんと読んでないんですが、Wikipediaにも「現在はヒトの感覚は5つ以上あることがわかっている。細かく分類すれば20余りある、とする説明もある。」とか書かれてるし。

っでね、現代の科学でも説明出来ない野生動物の勘みたいなものってあったりするじゃないですか。なんとなく嫌な予感がした。とか、なんなのかはわからないけどいつもと違う感じがした。とか。何かが起きる前に、言葉で説明出来ない感覚で何か違うものを感じ取ってるんですよね。

っでさ、運が良い、悪いで済まされちゃってることってもしかしたらこういう、科学的に解明出来てない何かだったりするのかなと思ったんですよ。

古今東西、天才ってのは動物的な勘が鋭かったりするものだし。

人より良い結果が出せる人ってのは、そういう、その時代の常識では説明出来ない何かを感じた時にそれを信じて結果に結びつけられる人。

まあ、だから風水とか占いとかオカルトとか幽霊とか超能力とかを信じろと言う話じゃなくて。いや、否定しろとは言わないけど。これは自分自身の経験に基づくものじゃなければダメだと思う。

自分でもその因果関係はわからないけど、こうすると上手く出来るんだよね。とか、こうするといつも失敗するんだよ。とか、そういうことを素直に信じて実行する。とかそういうこと。験を担ぐとか言いますよね。僕はそういうことも大嫌いなので、理屈で説明出来ないことは絶対に信じないんですよ。だから、例えば少し前に書いた、友達に話すと調子悪くなる現象が何度起きたとしても、そんなの関係ないんだから。と言ってやり続ける。

無意識的にそういう行動を取っちゃうところがあったりするのかもしれない。意識は出来てないけどこれと同じようなことが他にもあって、それとこれとは無関係だってことを自分で証明したくて、あえてそれをやって同じような失敗を繰り返してる。とか。

なにがなんだかわからないから、顕在意識では「運が悪い」としか思えない。

感じる力が強い人は運が良くて、弱い人は運が悪くなるのかなと。

この感じる力なんですけど、これってたぶん生き方と直結してると思うんです。現代人が一番理解しやすいのは視覚と聴覚だと思うんですけど、僕は子供の頃視力良かったんですよ。ガクッと落ちたのが高校の時だったんです。中学までは友達沢山いたんですが、高校では馴染めなくて友達いなかったんですね。っで、電車通学してたんですが、帰り道外の景色を眺めながら黄昏れてる感を味わってるときに、その時はまだ視力良かったんですが、ハッキリ見えるものをわざとピントを合わせずぼんやりと見ると、よりいっそう黄昏れてる感じがして、なんとなくそうやることが多くなっていったんだと思う。っで、いつの間にかピントを合わせることが出来なくなってた。みたいな。

原因はこれだけじゃないとは思うんですが、こういう「殻に篭もる」とか「心を閉ざす」感覚って、そういう感覚機能を意図的に感じないようにすることなんじゃないかと思うわけです。

そうですね、そういう「感覚を殺す習慣」だと思う物として、脳内リピートもそうかなと思います。例えば学校の授業がつまらないからその間頭の中で今自分がはまってる遊びをリピート再生するとか。こういうのは今その時を感じないようにしてるわけだから、感覚を殺すってことになる。イメージトレーニングも似たようなもんかもしれないけどあれはもっと上手く出来るようにするための練習だから少し意味が違いますね。ここで言ってるのは、今が苦痛で感じたくないから楽しいことを想像してやり過ごすってこと。

それが人生の一部だけで楽しい時間、感覚を解放する時間がちゃんとあればそれでもいいのかもしれないけど、ほとんどの時間がそうなってくるともうそれが普通の状態になっちゃって、今を感じることが出来なくなっていっちゃう。とかね。

こんなこと考えてる時にツイッターで「うつにならない考えかた」とかいう動画が流れてきて、興味あったから見に行ってみたら、実にタイムリーな内容だった。

https://www.youtube.com/watch?v=WWUE5pvDyqk

ただまあ、これを知ったところで「今」を感じるようにすることは難しいと思いますがね。動画内でも言ってるけど長年の習慣はそう簡単に変えられない。「今」が苦痛だからそうなった。その習慣はいわば自分の身を守るための処世術なんです。だから環境を変えない限り変えることは出来ない。それか、別の何らかの方法でその苦痛を凌げるようにするとか。

とりあえずは誤魔化し誤魔化しでやっていくしかないんだろうな。とりあえず苦痛な時間はそれで凌いで、自由な時間だけでいいから嫌なことは一切忘れて楽しむように意識を持っていく。みたいな。


そろそろ締めたいので強引に話を戻しますが、達成したい目標に対して因果関係がわからないけどなんかそうなるよな。ってことがあったら、これを、関係ないはずだから断固として俺はこうする。とか言って同じ失敗を繰り返してないで、絶対関係ないはずだと思うことでも、経験上そうなるなら、それは信じて行動を変えていこうってことですね。

たぶん運が良い人って、こういうことを素直に受け入れて行動を変えられる人なんじゃないか。自分でも理屈はわからない。でもこうすると良い結果が出るってことは続けて、こうすると悪い結果が出るってことは避ける。という習慣が、きっと運を良くするコツではないだろうか。

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