「反力を感じること」が、上手く生きるコツなのかもしれない

なかなか上手いこと表現出来ないですね。すぐ忘れちゃうんでいつでも思い出せるように残しておきたいんですが。


力尽くでやると反力を感じにくいので、最適な力とか距離とか場所とかを能動的に決めなきゃいけないことになるので、精度の高い操作が難しくなる。

最小限の力でやると反力を正しく感じられるので、最適な操作が自然と出来る。

筋力が強ければ強いほど力尽くで出来る範囲が広がって、そのやり方で出来てしまうからそれでいいんだと思うレベルが高くなるので技術が上達しにくくなる。

悟空みたいに強かったら…。っというのは、今辛いと思うことを楽に出来るようになりたい。という発想で、もしそれが楽に出来たら技術は上手くならないですね。

その発想だと上達は難しいと思う。


ここ数年、車を運転してるときに、僕はすっかり凡人になったなと感じてるんですよ。んでこの前その、しっかり持って関節を緩めて相手を自由に動けるようにする。という発想でハンドルを持つように心がけてみたら、少し変化が現れてきました。

いつも感じるわけじゃないんですが、たまに「おっ?」って思うときがある。

操作することの楽しさを思い出したような。反力を感じることの楽しさを感じた。

その影響かわからないけど、立ってる時にいきなり膝が少し抜けるような感覚があって足の力みが取れて、なんか違う感じになったときもあった。

身体の中が少し透けるような感覚で気持ち良かったです。ただ、その状態を続けるのは難しい。綱渡り状態で、気を抜くといつもの状態に戻りそうな感じ。

そしてそれは短時間だけで終わって、すぐにいつもと同じ感覚に戻ってしまった。


っで、こういう状態になったとき、足りないものを感じることが出来るところもある。立ってる時のやつは具体的なことは何もわからなくて、ただなんか違うだけだったんですけど、ハンドル切る動作においてはハッキリわかった。身体が固くて可動域が狭いから上手くハンドルが切れない。これはたぶん昔はもっと上手く出来た経験があるから、それと比較して見えてきたもので、理想的な立ち方は知らないから、今この状態からどこをどう改善すれば理想に近づけるのかがわからないから、足りないものが何か具体的にわからない。ということじゃないかと。


力を抜いて反力を感じる方向と、力尽くでもいいからやる方向と、二種類のやり方があって、もし自分が圧倒的に強かったら…というのは力尽くの発想なんですよね。もし今の意識のままその強さだけを手に入れたら、たぶん技術的には今よりもっと下手になると思う。

幸せどころか今より不幸になるかもしれない。今の自分の習慣ではその強さを維持できないので、その強さをなくした後は悲惨ですね。

と書いてて思ったのは、金に関して同じことが言えますね。

管理する能力がない人が一時的に大金を手にしたらもう子供みたいに欲望のままに使っちゃって何も残らなくなる。宝くじ当たって人生破滅とか聞いたことあるけどそういうことですねたぶん。

意識的、技術的に未熟なまま圧倒的な強さ、権力、金を手に入れたら色んなことを我慢しなくていい、欲しい物はなんでも手に入るからわがまま放題、ただの子供になるんだろうな。架空の物語りでよくあるわがままな王子様みたいな。


昔友達に、天才と秀才だったらどっちがいい?って聞かれたときに、そんなの天才に決まってるじゃん。って答えたんですよ。天才は努力なしでなんでも出来るんだよ?っと言われ、いや、それの何が嫌なの?むしろそれが一番いいじゃん。っと思ってたんですよ。僕が天才になりたいと思ってたのって、結局そういう発想でしかなかったんだろうな。色々と我慢するのが嫌だから圧倒的に強くなりたい。億万長者になりたい。

まあ、子供ですね。そういう発想だからずーっとなれなかったのかもしれない。


最小限の力でやるってことは、反力を感じることになるんですね。これっていうのは、体現するためにはなんらかの「抵抗」が必要ですよね。

宇宙飛行士の話で、無重力状態で何日も生活してると筋力が衰えるって言うじゃないですか。二本足で立てなくても困らない。重力に抵抗しなくても生活出来てしまうからそれが出来なくなってしまう。もちろん宇宙飛行士はそういう対策として訓練を積んでるんだろうから宇宙船の中でも必要なトレーニングをするとかして地球に戻った時にまともに生活出来ないなんてことにはならないんでしょうが。これが僕みたいにただ楽したいだけの子供だと無重力状態の楽さに慣れてしまって戻った時に苦労することになるんだろう。


障害があるからのびしろが生まれる。

なんの抵抗もなく物事上手くいったら何も出来なくなる。何も出来なくても何も困らないから。

だから、力尽く方向だと障害、邪魔、それがなければ上手くいくのに。どうして俺はこんなに運が悪いんだ。なんでみんな俺の邪魔をするんだ。と感じてそれによって気力もなくなりもう何もしたくない。死にたい。っと思っていたものが、反力を感じる方向だと、その「抵抗」が自分の行動を決めるための指針となるのでそれこそが教師となり、しかもそれは勝ち負け関係なく、上手く出来る出来ない関係なく、それを感じながらやることは楽しい、快楽だからエネルギー源にもなる。


ってことなんじゃないかと思った。


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